utsurogi

空木(うつろぎ=中が空っぽ)ながら、多岐多様に詰め込んで勝手なことを吐き出して…。

ジャンボ

 いやぁ、久々だったんだなぁとビックリした。前回から3ヶ月も経っているなんて…。その間ももちろんいろんなことがございましたねぇ…。というか、最近、12月になって何となくふと思うのは「今年は最初から最後まで、“健康”に囚われた一年だった」な、と。もう買ってから2週間位経とうとしているけれど、なんとなく、不自然なモノを受け入れるみたいな感覚が引っ掛かってまだ未実施なんだけれど、もういよいよ飲もうと思っているのが人生初となる「サプリメント」。もう、歳には本当に勝てないというかなんというか…。前記事の千葉さんが他界した年齢まであと1年と迫った位、おばちゃんになっているというのに、若いころよりも過酷な働き方をしているし、食生活は酷くなっているし、なんだか、私の生活自体が“不自然”極まりないんだが、まぁ、その生活を変えるというか、“普通”にすることも出来ない状況・事情があるものだから、老化によって退化・衰退・低下している部分は化学的な力に頼る外ないということで、この歳になって初のサプリメント。サプリデビューをするのである。今夜から。

 

 本当に今年は元旦の「首の金縛り」から始まって、人生で一番酷い肩こりだとか、ふくらはぎのこむら返りだとか、慢性全身疲労感、倦怠感、物忘れ、中性脂肪コレステロール、胃のポリープ、そして、血糖。白髪も一段と増えて、皺も深くなって、って、はぁーー。本当に真面目に考えていると嫌になる。せっかく身体の不調を少しでも回復、改善させようと、いつもの如く調べに調べて、必要物も揃えて「さぁ、はじめよう!」と思った矢先に、仕事で大きなストレスと直面し・・・・。身体の不調を誤魔化しながら、怒りをバネに仕事の課題をどうにかやり過ごして、やっと少しだけマシになったかなと思ったら、他にもいろいろ身体が不調サインを出してきて…。

 

 中性脂肪コレステロールも重大なんだけれど、やっぱり糖尿病は恐いと思うので、今は「血糖値」をなんとかしようと思っている。とかいいながら、たまの休みには普段食べられないお菓子とかをやっぱり食べてしまうんだけど、これ、ダメなんだよなぁ。でもなぁ…。意志の弱い私・・・。

 「血糖値」について色々、色々調べている内に、ある仮説に辿り着いてしまった。というか、自分としてはほぼ確実なんだけれど。

 現代日本人の食生活は加工食品まみれであり、肉食であり、炭水化物過剰摂取である。とにかく野菜、魚、植物性タンパク質が少な過ぎる。故に、アレルギー(アトピー等)疾患が多く、認知症が多くなっている。認知症については、体内で産生できない必須脂肪酸のオメガ3脂肪酸を食事(食物)から摂取することが極端に減って、脳への影響を招いていると考えられる。お年寄りでもどれだけの人がどれだけの量の魚を食べていることか。亜麻仁油、エゴマ油なんてどれだけの人が摂ってきたか。

 私はもう、自分のこの不調によって開眼させられたというか、何というか。人間は「食事」「食習慣」を大事にしないといけないということに辿り着いてしまった。自然の恵みとは対照的な人工的な食べ物、肉食、嗜好性の強い食べ物にばかり偏ることで、どれだけ自分の身体を不健康に導いているか。そして、もう一つ大事なことは「運動」。楽してる場合ではない。なんで横に広い階段があるのに、わざわざその前を通過して、細い狭いエスカレーターに人と密着いや近付いて乗らないといけないのだろう。自分の足で上れよ、進めよ、歩けよ。ホント、恐いなぁ。固定観念て。ま、私が極度の人混み嫌い、人口過密空間嫌いというのもあるけれど、見知らぬ人と接近して、何秒間もその状態で機械に運んでもらうより、悠々と人に近寄られることなく、ストレスなく、階段を上り下りしているほうが心身ともに健康でいられることを実感する。

 

 「食事」「運動」。そして「姿勢」「深呼吸」。

 この4つが肝ざんす。

 

 そんなわけで、もう本当に最近物忘れが酷くて、血糖値のこともあるし、「EPADHA」を摂取するんだけれど、もう一つ「マルチビタミン・ミネラル」も私には必要ということが分かった。もうね、摂ります。摂らないと、本当に色々困るし、困ることになったらもっと困るから。自分のことは自分が責任持って対処しないと。千葉さんの言葉通り、「寄りかかっては生きられない」のでね。

 

 * * * * *

 

 長い前置きだったけれど、本題のほうが短くなる気がするけれど…。

 「ジャンボ」である。

 そう、あの「ジャンボ」。今話題の「10億ジャンボ」。

 正直、ついこの間まで知らなくて、聞いた後も自分にはそんな余裕無いし、買うつもりも全くなかった。しかし、今日、ちょっと不思議なことが起こって、ちょっと買ってみようかなという気になってしまった。

 ① 有名な「特設売り場」の近くを通った。何となく気にはなったけれど、所持金が少なかったのでやはり止めた。

 ② 帰宅して、ネットを見ていたら宝くじの話題が目に入った。

 ③ 読んでいる内に違う記事を見ていたら、今日用事で通った道に立っていて、「あれ、なんだろう」となぜか気になった銅像の写真が載っていた。

 ④ 五代友厚という人の銅像だったらしい。大阪証券取引所を創った人らしい=お金に縁がある。さらに、とってもタイムリーな、今、話題の人の様子。私はテレビを見ないのでその記事を読むまで全然知らなかった。(目が悪いし、近くには行かなかったので少し離れたところから見ただけなんだが、何となく米のリンカーンの銅像のような雰囲気が漂っていた)

 ⑤ 今日が大安だったらしい。つまりは吉日に買いそびれているわけだが、またそれも何かの縁。最終日は仏滅らしいが、さて・・・。

 ⑥ 宝くじの記事の中で特に印象に残ったのが、夫婦(後にご主人が他界し、その後は奥さんだけ)で50年間1,000円(!)ずつ買い続けて、漸く1000万円当てた人がいるという話。すご過ぎる。その他にもやはり「コツコツ派」が多く当選していた。やはり買わないと当たらないのだ。

 

 というわけで、もう気分は10枚は購入する気満々なのだが、いつも、というかここ数年、宝くじやtotoやBIGのことを考える時に思うのだが、私がもし1億でも3億でも5億でも7億でも当たろうものなら、手元に残った額の半分以上(とりあえず、必要分(1千万もあればいいかしら)を除いた額)は全部寄付など有効に使うと1000%誓えるのに…って。

 今というか、前からだが、すごく気になっているのは、とりあえずシリアとか、パレスチナとか、アフリカとかの難民、子ども、病人のこと。国境なき医師団国連難民高等弁務官事務所赤十字ユニセフ国際連合世界食糧計画等々に寄付しまくる。あとは日本でも資金がなくて問題が解決できていないNGOとか重要な活動に寄付する。

 私はもう長く生きているつもりはないから、所有欲も無くて、あと少し生きていられる分くらいのお金があればそれでいい。親を見送れば、もう役目は終わったも同じなので、それこそいつでもいい。だから、もし私がそんな大金を手に入れれば、間違いなく億単位で寄付できる。そうすれば、寒さで凍え死にそうなシリアの難民家族にも暖かく過ごしてもらえるだろうし、今の状況が改善されるまでの命の繋ぎにはなると思う。とにかく、悲しい現実だけれど、お金が無いと命も尽きる世の中なのだ。患者に医療を無料で奉仕するには、誰かがその分を払わないとできない。

 本当に、真面目に、そうするんだけど。こんな私には当たらず、きっと、いろんな物を買いたいと思っている人とか、多額の借金を抱えている人とか、とにかく誰かにあげるなんて発想の無い人の元に当選金は運ばれて行くのだろう。

 

 そんなわけで「ジャンボ」。とりあえず10枚だけ買ってみるかなぁ。

 中途半端に“数百万”とか当たると、ちょっと頭を悩ましてしまうんだけど、まぁそれでもいくらかは寄付しますけどね。いや本当に、私がもっと大金持ちなら、難民用テントとか暖房具とかドサッと送るのになぁ。。。

 

 では、こんなところで…。

 

 一昨日あたりから、寒くなって、また肩こりが酷くなってきた。今もこれを打っていて、右肩の硬直具合ったら。。。はぁーーー。。。

 

 

 

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