utsurogi

空木(うつろぎ=中が空っぽ)ながら、多岐多様に詰め込んで勝手なことを吐き出して…。

雑多で不満な日々

 はじめに…、

 お題「人生に影響を与えた1冊」に答えておくと…、

『寄りかかっては生きられない』(千葉敦子 著)である。

 wikiを見れば分かるけれど、学習院出て東京新聞に入ってハーバードへ留学して、企業にも勤めて取締役もやったりして、後にフリージャーナリストになってNYに移住して、乳がんで47歳で亡くなった才女。

 その頃の時代性もあると思うけれど、私は素直に憧れた。

 まず、元々日本の大学で勉強したいとは全く思っておらず、NYで勉強して、そのまま働きたいと思っていた。関心があったのは国際関係。

 が、親が病気になり、家の手伝いをしなくてはならなくなり、留学なんてシャボン玉がはじけるように消えた。若干19歳。そんな状況にある自分の気持ちをどうにか自分の中で納得させたくて、何か拠り所的な物として真っ先に探したのが本。自分と同じような、どこか少しでも共通する部分がある人の書いた本を読みたくて探した時にまさに今の自分の気持ちを代弁しているような本のタイトルを見つけた。

 『寄りかかっては生きられない』。

 親にも誰にも寄りかからず、自分の行動、自分の人生は全て自分が責任持って、自分だけを頼りにする外ないと痛感していた自分にピッタリのタイトル。

 この1冊を読んで、自分の人生の指針のような物は明確になったと記憶している。

 何かにつまずいたり、上手くいかないことだらけでも、誰にも頼らず、自分で対処しなくては…と言い聞かせて生きてきている。

 実際、細かな、日常の些細なこと、たとえば家事だったりとかは今は手伝ってもらっているけれど、そういう瑣末なことではなく、もっと根本の部分の話。

 他にも、人生の大きな岐路にあって、その最初の原動力としての応援もしてもらったことはある。でもそれはあくまでも借りのつもりで、他の兄弟と同程度までは許されるかなとは思いつつ、でも出来る限りは借りは返すつもりでいる。いや、まぁ、上の兄弟に比べれば、全然孝行娘なほうではないかとは自分自身では思っているけれどね。

 ま、それはさておき、

 すごくいい著者と巡り会えた気がして、その後も『ちょっとおかしいぞ、日本人』や、『死への準備日記』などを読んだ。

 この辺りの影響も、私がちょっと後ろに下がったところから日本人について考える部分に現れている気がする。

 ま、その後、自力で留学して、またまた色んな事情で途中で帰国せざるをえなくなって、それからはずっと日本にいるわけだけれど、その海外暮らしの経験も今の考え方に多分に影響をもたらしているとは思う。ま、もともとちょっと変わっていたのもあるのだが…。(高校生のころから日本という国に嫌気がさしていたし…)

 あのまま、すんなりアメリカに留学していれば、間違いなく、同じような道を目指していたと思う。千葉さんほどの才能も人格も持っていないので、所詮、下っ端で小さな自分の世界で満足しているだけの人生だろうとは思うけれど…。

 

 本当に、人生、だれの、どんな影響で、どんな風に変わっていくか分からない。

自分だけ努力すればいいというものではない。家族も他人も含め、人と関わって生きているかぎり、いつ、何が起こるか分からない。悔やむに悔やめない悶々とする状況というのがある。仕方ない。

 

 長くなったけれど、とりあえず、あの、そう、人生初の大きめの挫折を味わった時に読んだ本『寄りかかっては生きられない』。これは永遠に私の心に残る一冊である。

 

 

****

 

 それはいいのだけれど、もうなんだか、最近、ダメなのだ。

 忘れ物ばかりする。それによって不要なストレスを抱える場面が最近多い。

 仕事で納得いかないことで、本来、第三者的に冷静に距離を置いてなるべく関知しないで置こうと思うことに嫌が応でも関わらさせられストレスを感じている。もう、うっとうしいので辞めようかなとも考えている。私の主義主張、思想的にどうにも承服し難い為。

 ちっとも落ち着かない。休養できない。忙しい。

 予定通りに行かない。貴重な時間を浪費する。

 雨ばっかりで気分も落ちるが、自転車通勤もできず、徒歩になり、さらに体力消耗させられ、心身共に疲労する。

 アベのアホ内閣のやることなすこと全てが腹が立つ。

 マイナンバーも嫌だし、消費税10%に上げる気満々で既に既成事実化させようとする政府のやり方が本当に鬱陶しい。腹が立つ。

 やっとどうにかこうにか家に戻って、ちょっと落ち着こうかと思ったら、clome系のブラウザで動画が上手く見れなくなったらしくて、大事な局面の安保委員会の中継もすぐに見られず、映画も観られず。どうにかIEで観られることは分かったけれど、なんだかなぁ。不満。

 そうして、やっと国会中継見て、状況を一応把握して、さぁ、次に自分のやる事をやる、若しくは映画で勉強しようかと思ったら、銀行のオッサンから電話。

 昔の担当からはもう何人も変わって、きっと初めてのヤツだと思う。しかもちょっと歳もいっているからか電話口の態度が横柄。こっちも世話にはなったけれど、そもそももう金融機関系は大っ嫌いなので、それなりの応対をした。特に親切丁寧ではなく、普通に事務的に、という意味。

 また、昔の嫌な記憶が蘇ってきた。

 本当に鬱陶しい。真面目にコツコツ働いて払っているんだから何も文句無いだろうが。利息を余分に徴収させてあげて、儲けさせてやっているのに。

 本当に嫌だわ。金融系の人間。オメエ、自分で確定申告すらしたこと無いんだろう。適当なこと言うな。数字遊びと電卓叩きが主な仕事のサラリーマン。他人のお金を右から左に動かして利ざやで儲けるだけ。本当の意味の勤労とは程遠い。

 

 もう、どいつもこいつも。あれもこれも・・・。面倒臭い。

 この一言に尽きる。

 

 面倒臭い。全てが面倒臭い。

 

 でも、お世話になった人への義理、恩はちゃんと果たして、返してから次のことを考える。ま、すぐにこの世からおさらばするだけだけど…。

 でも、不義理のままでは絶対に死ねないから、なんとしてでも、自分の後始末は自分でつけてから好きなようにする。今、私が生きている意味は99%これ。

 アンタらみたいに人の税金で高級品買って、高級料理食べて、偉そうなこと言って強権、横暴、米国隷属、売国政治したり、人の金を集めて、それを元手に金利で儲けるようなずる賢い仕事しているくせに横柄で高慢な態度しかできないような人間とはわけが違う。自分の分はわきまえているし、何がこの世でだいじかもわかっている。

 

 もう、本当に余計な人間たちと関わりたくないのだ。鬱陶しい。面倒くさい。

 一人静かに、ゆっくりゆったり、落ち着いて、慎ましく、質素に生きていたいだけ。

 贅沢はしたいと思わない。もう物も要らない。粗食で十分。額に汗して田畑を耕し、テメエの食いぶちはテメエでどうにかする。自給自足。自分の足で歩いていく。歩けなくなったら、それが寿命。起き上がれなくなったら、それが寿命。延命なんてとんでもない。誰のため、誰が喜ぶための行為なのか。自分に余裕があることで人が困っていれば助け合う。困ったときはお互い様。そうでない時は極力互いに干渉せず。個々を尊重。それが普通だろう。

 

 とりあえず、またぼちぼち、現実的な近未来の生活計画を立てていかなければならない時期が来たようだ。ぶっちゃけ、気が重い。そういう人間達とやり取りしないといけないから。でも、自分が蒔いた種だから、最後まで自分で世話して摘み取らないとね。

 

 とはいっても、所詮、ちっぽけな人間なので、溜息の一つ、二つ、三つ、四つは出る。

 はぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。。。

 

 

 

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by Matthias Rhomberg 

 

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